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※当記事は公開情報をまとめた考察記事です。記載内容は執筆時点で確認できた情報に基づきます。
最近Snow Manが気になっているけれど、メンバーの名前や何人グループなのか詳しく知らないという方も多いのではないでしょうか。テレビやSNSで見る機会が増え、個性豊かでイケメンなメンバーたちの魅力に惹かれている方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、Snow Manの現在のメンバー9人の名前を、分かりやすく年齢順に紹介しながらそれぞれのプロフィールを詳しく解説します。グループをまとめるリーダーの役割や、9色に分かれたメンバーカラー(メンカラ)がどのように決められたのかといった基本情報にも触れていきます。
また、グループ名の由来や感動的な下積み時代の歩み、さらにはメンバーの宮舘さんと渡辺さんからなる幼馴染コンビ「ゆり組」の心温まるエピソードもご紹介します。ファンの間で使われているファンネームの話題や、気になる脱退メンバーの真相、最近注目されている個人会社の設立についても分かりやすくまとめました。
Snow Manには上智大学大学院を卒業したメンバーがいるなど、知的な一面も大きな魅力の一つです。この記事を読み終える頃には、彼らの歴史や関係性がより深くわかり、メンバー一人ひとりの顔と名前がしっかりと結びつくはずです。
Snow Manの名前とメンバー9人のプロフィール詳細
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- Snow Manは何人グループ?現在の体制とメンバー構成
- Snow Manを年齢順に紹介!スノーマンメンバーの現在の年齢一覧
- Snow Manのリーダーは岩本照!頼れるリーダーの役割とは
- Snow Manのメンバーカラー(メンカラ)一覧と決め方
- Snow Manには高学歴メンバーも?大学卒業など学歴まとめ
- Snow Manのイケメン担当は?ビジュアルや個性の魅力
Snow Manは何人グループ?現在の体制とメンバー構成
Snow Man(スノーマン)は、現在9人のメンバーで活動している男性アイドルグループです。STARTO ENTERTAINMENTに所属しており、アクロバットやダンスパフォーマンスを得意とする「職人集団」としても知られています。
現在の9人体制に至るまでには、グループとしての大きな転機がありました。
もともとは2012年5月3日に結成され、深澤辰哉さん、佐久間大介さん、渡辺翔太さん、宮舘涼太さん、岩本照さん、阿部亮平さんの6人で活動を開始しました。その後、2019年1月17日に関西ジャニーズJr.出身の向井康二さん、宇宙Sixとして活動していた目黒蓮さん、少年忍者に所属していたラウールさんの3名が新メンバーとして加入し、現在の9人体制となりました。
この増員は、当時のジャニー喜多川氏と滝沢秀明氏からの提案に対し、初期メンバー6人が「Snow Manを守るため」「グループとして夢をつかむため」という強い覚悟を持って決断したものです。
グループ内でのそれぞれの役割や個性は非常に豊かで、以下のようなメンバー構成となっています。
| 名前 | 出身地 | 加入時期 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 岩本 照 | 埼玉県 | 初期メンバー | リーダー、振付担当 |
| 深澤 辰哉 | 東京都 | 初期メンバー | MC担当、最年長 |
| ラウール | 東京都 | 2019年加入 | 最年少、センター |
| 渡辺 翔太 | 東京都 | 初期メンバー | メインボーカル |
| 向井 康二 | 奈良県 | 2019年加入 | バラエティ担当 |
| 阿部 亮平 | 千葉県 | 初期メンバー | 気象予報士資格保有 |
| 目黒 蓮 | 東京都 | 2019年加入 | モデル、俳優活動 |
| 宮舘 涼太 | 東京都 | 初期メンバー | 「舘様」の愛称、衣装担当 |
| 佐久間 大介 | 東京都 | 初期メンバー | アニメオタク、声優活動 |
9人体制となってからは、2020年1月22日に「D.D./Imitation Rain」でCDデビューを果たし、デビューシングルからミリオンセラーを記録するなど目覚ましい活躍を見せています。また、2024年には自身初の5大ドームツアーを開催するなど、グループとしての規模を拡大し続けています。
Snow Manを年齢順に紹介!スノーマンメンバーの現在の年齢一覧
Snow Manは、最年長と最年少の年齢差が11歳という幅広い年齢層で構成されているグループです。ここではメンバーを年齢順(生年月日順)にご紹介します。
メンバーの年齢構成を見ると、1992年生まれの深澤辰哉さん、佐久間大介さん、渡辺翔太さんの3名が最年長世代としてグループを支えています。一方、最年少のラウールさんは2003年生まれであり、加入当時は中学生だったことも話題となりました。この年齢差がありながらも、メンバー同士の仲の良さやチームワークの良さがファンから支持される大きな魅力の一つとなっています。
以下はメンバーの生年月日と年齢の一覧です。
| 名前 | 生年月日 | 年齢 |
|---|---|---|
| 深澤 辰哉 | 1992年5月5日 | 33歳 |
| 佐久間 大介 | 1992年7月5日 | 33歳 |
| 渡辺 翔太 | 1992年11月5日 | 33歳 |
| 目黒 蓮 | 1997年2月16日 | 29歳 |
| 宮舘 涼太 | 1993年3月25日 | 32歳 |
| 岩本 照 | 1993年5月17日 | 32歳 |
| 阿部 亮平 | 1993年11月27日 | 32歳 |
| 向井 康二 | 1994年6月21日 | 31歳 |
| ラウール | 2003年6月27日 | 22歳 |
※年齢は2026年時点の情報を基準としています。
特筆すべきは、宮舘涼太さんと渡辺翔太さんの関係性です。二人は同じ病院で生まれ、幼稚園からの幼馴染であることからファンの間では「ゆり組」という愛称で親しまれています。また、深澤辰哉さんと阿部亮平さんは2004年8月12日に同じ日に入所した同期であり、長い時間を共に過ごしてきました。こうしたメンバー個々の歴史や年齢差を超えた関係性が、Snow Manのパフォーマンスやバラエティでのやり取りに深みを与えています。

Snow Manのリーダーは岩本照!頼れるリーダーの役割とは
Snow Manのリーダーを務めているのは、岩本照(いわもと ひかる)さんです。彼のリーダー就任は、デビュー決定後の食事会の席で、最年長メンバーである深澤辰哉さんが「人数も多いし、リーダーを決めたほうがいいと思うんだ。俺は照がいいと思うけど、みんなどう?」と提案したことがきっかけで決まりました。この提案にメンバー全員が賛同し、岩本さんがリーダーとしてグループを牽引することになりました。
岩本照さんは1993年5月17日生まれの埼玉県出身で、メンバーカラーは黄色です。彼の名前には「常にみんなを照らす存在になるように」という意味が込められており、まさにグループを明るく照らす大黒柱としての役割を果たしています。また、ストイックな性格で知られ、筋トレを趣味とする肉体派であり、体脂肪率はトップアスリート並みの一桁台を維持しています。TBS系の番組『SASUKE』の常連出場者としても有名で、その身体能力の高さはグループのパフォーマンスの要となっています。
リーダーとしての役割に加え、岩本さんはSnow Manの楽曲の振付も数多く手掛けています。代表曲である「Crazy F-R-E-S-H Beat」や「JUICY」など、彼の独創的でキャッチーな振付は、ファンのみならず多くの視聴者を魅了しています。さらに、2023年には舞台『少年たち 闇を突き抜けて』で構成・演出・振付を単独で手掛けるなど、演出家としての才能も発揮しています。
パフォーマンス面ではセンターに立つラウールさんを支えつつ、精神面ではメンバー全員をまとめ上げる存在です。かつて不祥事により一時活動を自粛した期間もありましたが、復帰後は誠実に活動に取り組み、映画単独初主演やミュージカル主演などを務めるなど、個人としてもグループとしてもさらなる飛躍を見せています。頼れるリーダーとしての岩本さんの存在が、Snow Manの結束力をより強固なものにしています。

Snow Manのメンバーカラー(メンカラ)一覧と決め方
Snow Manは現在、グループを構成する9人それぞれに固有のメンバーカラーが設定されています。メンバーカラーは、ステージ上でどのメンバーがどこにいるかを識別しやすくするためだけでなく、ペンライトを使用して応援するファンにとっても非常に重要な要素となっています。また、衣装の配色の基準にもなるため、グループとしての統一感と個性の発信を両立させる役割も持っています。
現在公表されている各メンバーのカラー一覧は以下の通りです。
| メンバー | メンバーカラー |
|---|---|
| 岩本 照 | 黄 |
| 深澤 辰哉 | 紫 |
| ラウール | 白 |
| 渡辺 翔太 | 青 |
| 向井 康二 | オレンジ |
| 阿部 亮平 | 緑 |
| 目黒 蓮 | 黒 |
| 宮舘 涼太 | 赤 |
| 佐久間 大介 | ピンク |
メンバーカラーが決まった経緯については、それぞれ異なる背景があります。もともと活動していたオリジナルメンバーの6人については、本人が好きな色を選択したり、憧れていた先輩の色を取り入れたりと、自分の感性を優先して決定する機会がありました。例えば岩本照さんは黄色を選んだ理由について、自身の好きな色であったことや、以前から憧れを抱いていた先輩であるふぉ~ゆ~の辰巳雄大さんのメンバーカラーが黄色であったためと公表されています。
また、当初とは違ったマインドを持ってその色に定着した例もあります。佐久間大介さんが選んだピンク色は、元来の趣味というよりも、あえて目立つ色として選択したという側面がありました。しかし、その後自身のアクロバティックなダンススタイルと鮮やかなピンクのヘアカラーが合致したことで、グループにおけるトレードマークとして定着しました。このようにメンバーカラーは、個人の嗜好だけではなく、時間の経過とともにメンバー自身のパフォーマンスやグループ内の役割に合わせてキャラクターを確立するためのツールとして活用されています。
2019年に加入した向井康二さんや目黒蓮さん、ラウールさんのカラー決定もまた象徴的です。例えば、もともと緑色を割り当てられていた向井さんに対し、深澤さんが太陽のようにグループを明るく照らしてほしいという願いを込めてオレンジを提案したというエピソードもあります。
こうした色の選定は、彼らが単に9色を埋める作業としてではなく、グループが目指す方向性やメンバー個々の内面を尊重しつつ慎重に決められてきたことがうかがえます。ファンにとっても、自分の「推し」を見つけ、その色のライトを振ることは、コンサートでの一体感を生み出す重要な儀式となっています。

Snow Manには高学歴メンバーも?大学卒業など学歴まとめ
Snow Manはタレントとして多忙な日々を送る一方で、仕事と学業を両立させて学位を取得しているメンバーが多く在籍していることでも知られています。エンターテインメント界での職人集団としての技術だけではなく、理論的な考え方や語学力などのアカデミックなスキルを活かし、情報番組やクイズ番組で高い評価を得ています。
個々の高い知性と向上心は、Snow Manというグループが知識や表現力を多方面で発揮できている理由のひとつと言えます。具体的に大学を卒業したメンバーと取得資格の例は以下の通りです。
| 名前 | 学歴(公表済みの大学等) | 備考 |
|---|---|---|
| 阿部 亮平 | 上智大学大学院 理工学研究科 修了 | 気象予報士資格保有 |
| ラウール | 早稲田大学 人間科学部(通信教育課程)入学 | 継続的な努力で学業と両立 |
| 向井 康二 | 大阪学院大学 外国語学部(英語科)卒業 | 学業をやり遂げた努力家 |
| 佐久間 大介 | 城西国際大学 メディア学部 卒業 | 在学中も舞台等で活躍 |
| 渡辺 翔太 | 明海大学 経済学部経済学科 卒業 | 経済学の学位を取得 |
特にグループ内でも知的なイメージが定着している阿部亮平さんは、気象予報士の試験に合格するなど、難関と言われる資格取得を実現しました。これは高い記憶力と並々ならぬ努力の結果であり、合格率が非常に低いことでも有名です。こうした学びの姿勢は、気象予報士だけでなく数学検定準1級といった知識習得にも繋がっており、テレビ番組でのコメントや企画の根拠となって個人の価値を高めています。
向井康二さんや佐久間大介さん、渡辺翔太さんも大学という学びの場で多くのことを吸収し、卒業を成し遂げています。たとえば向井さんは、関西ジュニア時代のハードなスケジュールの中で語学力を身につけました。これは多忙であっても目標を達成するという意思の強さを示しています。
彼らが大学卒業までたどり着けたのは、夢であるアイドルの仕事と真摯に向き合いながらも、教育の場でも手を抜かないという強い覚悟を持っていたからです。大学卒業は単なる経歴だけでなく、大人としての教養や物事に対する向き合い方を形作った大切な期間であり、今のSnow Manというグループの層の厚さを象徴しているといえるでしょう。


Snow Manのイケメン担当は?ビジュアルや個性の魅力
Snow Manにおける「イケメン」という言葉は、特定の誰か一人を指すのではなく、9人全員が持つそれぞれの個性が融合した魅力を指すことが多いと言えます。ファンや大衆からの人気ランキングなどでも順位は日々変動しますが、どのメンバーも高いレベルの自己研鑽を行い、内面からあふれるカリスマ性を備えています。
例えば目黒蓮さんやラウールさんは、その抜群のスタイルから有名ファッション雑誌の専属モデルとして抜擢された実績があります。
目黒さんは、一見クールなルックスで多くの雑誌でカバーを飾る存在ですが、その素顔は誠実かつ天然な性格であるというギャップで知られています。一方でラウールさんは、圧倒的な身長と異次元のプロポーションを武器に、パリ・コレクションに出演するなど、芸術的な視点でもビジュアルが高く評価されています。これらの要素は「ただの顔の良さ」ではなく、高いモデル活動の実績という確かな技術が支える「ビジュアルの実力」です。
加えて、個性が際立っているという意味では、宮舘涼太さんのような上品な立ち振る舞いや、向井康二さんの明るいユーモアも、ビジュアル面での個性の表現と言えます。
宮舘さんは、独特の世界観と品格から「だて様」と呼ばれ、まるで王族のような雰囲気を醸し出しています。一方、向井さんは親しみやすい笑顔が特徴で、カメラという専門分野を持って多くのファンを楽しませています。岩本照さんの鍛え抜かれた筋骨隆々な肉体も、アイドル界における強固なキャラクターの一つです。SASUKEの挑戦などにおいて見せる懸命な姿は、顔の良さという枠を超えた、男性ファンからの憧れの対象にもなっています。
結局のところ、Snow Manというグループが愛されているのは、ルックスだけでなく、過酷なバックダンサー時代の経験や、長期間におよぶ舞台「滝沢歌舞伎」などで鍛えられたステージ度胸によるものだと言えるでしょう。外見の華やかさは努力と実績の結果であり、9人それぞれが違う武器を持つことで、「このメンバーがかっこいい」という多種多様な意見をグループ内で補完し合っているのが特徴です。それぞれの強みが重なり合うことで、今の Snow Man がトップアイドルの地位を築くことに繋がっています。

Snow Manの名前の由来とグループの歴史・関係性
- Snow Manの名前の由来とは?名付け親と込められた意味
- Snow Manの昔と下積み時代!結成からデビューまでの軌跡
- Snow Manに脱退メンバーはいる?前身ユニットからの変遷
- Snow Manの「ゆり組」とは?宮舘涼太と渡辺翔太の幼馴染エピソード
- Snow Manのファンネームは?ファンの呼び方と愛称について
- Snow Manメンバーが個人会社を設立?事務所との関係性
Snow Manの名前の由来とは?名付け親と込められた意味
Snow Man(スノーマン)というグループ名の名付け親は、滝沢秀明氏です。また、現在の名前に至るルーツには、過去にジャニー喜多川氏が名付けた前身のグループ名が大きく関わっています。
名前が公式に決まったのは、2012年5月3日のことでした。当時、東京の日生劇場で開催されていた舞台「滝沢歌舞伎2012」に現在の初期メンバーである6人(岩本照さん、深澤辰哉さん、渡辺翔太さん、宮舘涼太さん、佐久間大介さん、阿部亮平さん)が出演していました。そのステージ上でパフォーマンスを披露している最中、突如バックスクリーンの電光掲示板に「Snow Man」という文字が浮かび上がったのです。これは事前に本人たちにも知らされておらず、完全なサプライズで正式にグループ名が発表された瞬間でした。
もともと、この名前は2009年の舞台「新春 滝沢革命」で結成された前身ユニット「Mis Snow Man(ミス・スノーマン)」に由来しています。Mis Snow Manは、ジャニー喜多川氏が当時のメンバー一人ひとりのイニシャルを組み合わせて名付けたものでした。その後、ユニットの活動形態が変わり現在のメンバーが残った際に、これまでの歩みと精神を受け継ぐような形で「Snow Man」として生まれ変わりました。
込められた意味については公式に語り尽くされているわけではありませんが、一部で名付け親の滝沢氏から「雪が降らない国にも雪を降らせるように、そして世界で活動できるように、雪だるまからSnow Manという名にした」という想いが込められているという声もあります。グループの特性として、SNSの発信やコンサート、さらにメンバー出演のドラマなどで9色の雪だるまモチーフやバルーンが登場するなど、ファンや世間にとっても愛着の湧く大切なアイコンとなっています。
Snow Manの昔と下積み時代!結成からデビューまでの軌跡
Snow Manは結成からデビューまでに非常に長い下積みを経験しており、舞台や先輩グループのバックダンサーを中心とした活動を継続して行ってきた苦労人でもあります。
結成された2012年からしばらくの間は、実力がありながらも自らのデビューになかなか結びつかないという厳しい時代が続きました。
彼らの武器は、高いダンススキルとアクロバットでした。「DREAM BOYS」や「滝沢歌舞伎」、またSixTONESと共に主演を務めた「少年たち」といった多くの人気舞台に常連として出演を続けました。同時にタッキー&翼やKis-My-Ft2、A.B.C-Zといった先輩グループからバックダンサーとしての指名を多く受けるようになります。2016年の1年間に出演したステージ数は200回を上回り、その安定したパフォーマンスの質の高さから、先輩タレントや滝沢秀明氏から「職人集団」「予約の取れない名店」「予約の取れない焼肉屋」と高く評価されていました。
しかし、そうして現場の仕事が途切れない一方で、先に同期や後輩グループがデビューのチャンスを掴んでいく現状を目の当たりにする日々でもありました。仕事は順調でも前に進んでいる実感が持てない葛藤を抱え、「ジャニーズじゃない自分を何度も想像した」「辞めようかと何度も頭によぎった」と後に当時の苦しい胸の内を明かしています。
その転換期となったのが2019年の1月です。
ジャニー喜多川氏と滝沢氏の提案により、現在の状況から頭ひとつ抜け出すための大きな決断を迫られました。その結果、これまでの6人の結束を守りながら、新メンバーとして向井康二さん、目黒蓮さん、ラウールさんの3名が新たに加入しました。互いに足りないものを補い合い、さらに上のステージへ進むことを誓った9人での活動が認められ、2019年のジャニー喜多川氏が倒れるわずか2日前にデビューが決定しました。そしてついに2020年の1月、SixTONESとともにCDデビューの夢をつかみ取りました。

Snow Manに脱退メンバーはいる?前身ユニットからの変遷
「Snow Man」という正式なグループになってから現在に至るまで、脱退したメンバーは一人もいません。結成時の6名体制から3名の新メンバーを受け入れて9人体制となった現在も、誰ひとり欠けることなく活動を続けています。
一方で、なぜ「脱退」というキーワードで注目されるかというと、グループ誕生の前段階である前身ユニット「Mis Snow Man」に遡る複雑な経緯があるためです。前身であるMis Snow Manは、もともと「Jr.BOYS」として活動していたメンバーなどが合流する形で、2009年に誕生しました。当初のメンバーは現在の初期メンバー6人に加えて、真田佑馬さん、野澤祐樹さん、小野寺一希さんの3名を加えた9名、さらに入れ替わりの多い当時の事情により別のメンバーを含めた流動的な人数で活動していた時期もありました。
グループ名が決まった背景にも印象深いエピソードがあります。
この名前は各メンバーのイニシャルの頭文字をとったものですが、命名当時、深澤辰哉さんは大怪我の療養中でメンバーに含まれておらず、後からご本人がジャニー喜多川氏へ「治りました。今まで一緒にやってたMis Snow Manに入りたいです」と電話で直談判したところ、「じゃあ入っちゃえばいいじゃん」と快諾されたという事実がご本人たちから明かされています。その結果、グループ名には「F(深澤)」のイニシャルが存在しないまま所属することになりました。
| 前身・結成からの経緯 | 体制と変化 |
|---|---|
| 2009年 | 前身グループ「Mis Snow Man」結成。最大9人以上のメンバーで構成される。 |
| 2011年頃まで | 真田佑馬さんと野澤祐樹さんが新ユニット「noon boyz」結成や番組出演を機に脱退状態に。結果として残された6人が通常のジャニーズJr.の形に戻る。 |
| 2012年5月3日 | 現在の初期メンバーである6人に対して正式に「Snow Man」と命名される。 |
上記の通り、ユニットからの人数の変遷が過去に存在しました。一部のメンバーがテレビ番組のレギュラーとして抜擢され別のユニットを結成したことにより脱退の形となり、2012年の「滝沢歌舞伎」の際に今の6人を指す言葉として改めて名前が整えられました。ですので、Snow Man自体の脱退者は存在せず、歴史を形作るための道のりにおいて前身ユニットでの体制の変化があったというのが正確なところです。
Snow Manの「ゆり組」とは?宮舘涼太と渡辺翔太の幼馴染エピソード
Snow Manのメンバーである宮舘涼太さんと渡辺翔太さんのコンビは、ファンの間で「ゆり組」という特別な愛称で親しまれています。この呼び名は、二人が単なるグループメンバーというだけでなく、非常に長い時間を共にしてきた「幼馴染」であるという事実に由来しています。
二人の関係性の始まりは、同じ病院で生まれたことに遡ります。その後、偶然にも同じ幼稚園に入園し、年長クラスのときに「ゆり組」に所属していたことから、この愛称が生まれました。小学校は別々になりましたが、スイミングスクールや体操教室といった習い事が同じだったため、交流は続いていたそうです。そして運命的なことに、ジャニーズ事務所のオーディション会場で再会を果たします。この時、先に事務所に所属していた渡辺さんが、宮舘さんのオーディションでダンスのお手本を見せる「お手本ジュニア」を務めたというエピソードは、二人の深い縁を感じさせます。
この「ゆり組」という関係性は、Snow Manの活動の様々な場面で垣間見ることができます。
| 「ゆり組」の主なエピソード | |
|---|---|
| 食に関するエピソード | 渡辺さんは偏食なことで知られていましたが、宮舘さんは彼の好き嫌いを熟知しており、出されたお弁当などを「これはイケる」「これは厳しいかも」と判断してあげる、いわゆる「毒見」をしていたと語られています。 |
| サプライズエピソード | 2018年3月25日のSnow Man単独公演で、宮舘さんの誕生日に渡辺さんが内緒で手配し、宮舘さんが尊敬する先輩である亀梨和也さんからのお祝いVTRがサプライズで上映されました。 |
| パフォーマンスでの絆 | 舞台「滝沢歌舞伎」で披露された楽曲『My Friend』では、渡辺さんが歌、宮舘さんがフライングを担当しました。宮舘さんは後に「翔太が感じてくれた美しさは、翔太の歌あってこそだった」と語っており、互いのパフォーマンスを深く信頼し合っている様子がうかがえます。 |
| 撮影裏での様子 | 雑誌の撮影などでカメラが回っている間はあまり話さない二人ですが、撮影が中断した途端に自然と会話を始める様子がスタッフによって明かされており、二人の気心の知れた関係性を示しています。 |
このように、長い年月をかけて築き上げられた信頼関係は、ステージ上での絶妙なシンメトリーや、ふとした瞬間のやり取りに表れています。「シンメと聞くと思い出す人」と渡辺さんが宮舘さんを語るように、「ゆり組」はSnow Manの歴史と絆を象徴する特別な存在です。
Snow Manのファンネームは?ファンの呼び方と愛称について
Snow Manには、現在グループとして公式に定められたファンネーム(ファンの愛称)は存在しません。しかし、ファンの間では「スノ担(すのたん)」という呼び名がデビュー前から自然に広まり、現在最も一般的に使われています。
この「スノ担」という呼び方は、「Snow Manの担当」を略した言葉です。同時期にデビューしたSixTONESのファンが「スト担」と呼ばれているのと同様に、シンプルで分かりやすいことからファンの間で定着しました。メンバー自身も「ファンも含めてSnow Man」という考えを大切にしていると語ることがあり、あえて公式な名前で区切るのではなく、ファンもグループの一員であるというスタンスを示しているとも考えられます。
公式ファンネームがない一方で、過去にはいくつかの愛称が非公式ながら話題に上がったことがあります。
- おにぎり
2013年頃、コンサート中に宮舘涼太さんがファンに向かって「もう〜欲しがりおにぎりだな〜」と発言したことがきっかけで広まりかけた呼び名です。これは当時メンバー内で流行していたギャグの一つでしたが、背景を知らない一部のファンがファンネームだと誤解したことから話題になりました。 - スノーアイス
2017年にSexy Zoneの中島健人さんが自身のソロコンサートで提案した名称です。「ice=氷=雪」というイメージと、「アイス=愛す」という言葉をかけた、愛情のこもったネーミングでした。 - マンズ姉さん
Snow Manのファンを指す言葉として、他グループのファンから敬意を込めて使われた呼び名です。SixTONESの田中樹さんがSnow Manを「マンズ兄さん」と呼んでいたことに由来し、特にSnow ManのCM契約を支えるファンの購買力や熱意に対して、尊敬の念を込めてSNSなどで使用されました。
これらの呼び名は一時的に話題にはなりましたが、いずれも定着には至りませんでした。また、メンバーが個人のファンにつけた愛称も存在し、例えば宮舘さんは自身のファンを「宮館王国国民」、向井さんは「ジー子ちゃん」と呼ぶなど、それぞれの個性が光る呼び名を提案したこともあります。現状としては、「スノ担」が最も広く浸透している呼び名と言えるでしょう。


Snow Manメンバーが個人会社を設立?事務所との関係性
2023年11月頃から、Snow Manの一部のメンバーが個人会社(個人事務所)を設立していることが明らかになりました。これはグループの独立や分裂を意味するものではなく、所属事務所であるSTARTO ENTERTAINMENT(旧ジャニーズ事務所)との間で「エージェント契約」を結ぶための準備と見られています。
事務所の体制変更に伴い、タレントは事務所にマネジメントを全面的に委託する「マネジメント契約」か、個人事業主や法人の形で仕事の選択などを自身で行い、事務所が営業活動や事務手続きなどを代行する「エージェント契約」かを選べるようになりました。Snow Manのメンバーは後者を選択し、その受け皿として個人会社を設立する道を選んだと考えられます。
現在までに設立が確認されているメンバーの会社は以下の通りです。
| メンバー | 会社名 | 設立日 |
|---|---|---|
| 佐久間 大介 | ハレノオト株式会社 | 2023年11月7日 |
| 渡辺 翔太 | 株式会社W | 2023年11月10日 |
| 阿部 亮平 | 株式会社Astrolabe Labo | 2023年11月14日 |
| ラウール | RAUL(会社名) | 2023年11月17日 |
これらの会社の多くは、本店住所をSMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)と同じ東京都港区赤坂に置いています。この事実は、彼らが事務所を離れるのではなく、今後も新会社と強固な連携を取りながら活動を継続していくという意志の表れと捉えられています。
会社名にはそれぞれのメンバーの個性が反映されているとファンの間で話題になりました。例えば、阿部さんの「Astrolabe Labo(アストロラーベラボ)」は、天体観測機器「アストロラーベ」と自身の名前「アベ」をかけた知的なネーミングと推測されています。
まだ設立が確認されていない他のメンバーについても、ファンからは「目黒蓮さんなら『株式会社ザリガニ』?」「宮舘涼太さんなら『株式会社レインボーローズ』?」といった、それぞれの趣味や愛称にちなんだ会社名を予想する声が上がるなど、この新しい動きをポジティブに受け止めています。この体制変更は、Snow Manがグループとして活動を続けながら、個々のメンバーがより自律的にキャリアを築いていくための新たな一歩と言えるでしょう。
Snow Manの名前とメンバーの魅力がわかる総まとめ
- Snow Manは現在9人で活動している男性アイドルグループです。
- 2012年に6人組で結成され、2019年から現在の9人体制となりました。
- メンバーの年齢は幅広く、最年長と最年少では11歳の年齢差があります。
- グループのリーダーは岩本照さんで、メンバーからの信頼を得ています。
- 「Snow Man」という名前は、滝沢秀明氏によって舞台上でサプライズ発表されました。
- グループ名の由来は、ジャニー喜多川氏が命名した前身ユニット「Mis Snow Man」にあります。
- メンバーには、それぞれの個性や由来を持つ9色のメンバーカラーが設定されています。
- 公式に定められたファンネームはなく、「スノ担」という愛称が一般的に使われています。
- デビューまでに約8年間という長い下積み時代を経験しています。
- 下積み時代は「職人集団」と評されるほど、舞台やバックダンサーで高い実力を示してきました。
- 現在のSnow Manになってから脱退したメンバーは一人もいません。
- 宮舘涼太さんと渡辺翔太さんは「ゆり組」と呼ばれる幼稚園からの幼馴染です。
- 阿部亮平さんは上智大学大学院を修了し、気象予官士の資格を持つインテリメンバーです。
- グループの半数以上が大学を卒業しており、知的な一面も魅力です。
- ラウールさんや目黒蓮さんはモデルとしてパリ・コレクションに出演するなど国際的に活躍しています。
- 一部メンバーは、事務所とエージェント契約を結ぶために個人会社を設立しています。
KAZ
1970年代生まれ/大阪在住
テレビドラマやネットニュースを見ていると、「この人、最近よく見るけど、どんな人なんだろう?」と気になることがよくあります。
しかし、いざ調べようとすると情報が古かったり、色々なサイトに散らばっていたりして、意外と時間がかかるもの。
このブログでは、そんなあなたの「ちょっと知りたい」に応えるため、公式サイトや信頼できるメディアの情報を元に、今話題の人物のプロフィールを分かりやすく整理しています。
忙しいあなたのための、信頼できる「ネット版の人物名鑑」のようなサイトを目指しています。


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